毎回荒川区の町工場などモノづくりの現場を訪ねてはそのこだわりや裏側にあるストーリーなどを探ってご紹介していく、荒川探訪の「LOCAL STORY」のコーナー。
初回では日本唯一のエボナイト製造メーカーである日興エボナイト製造所さんを前編・後編に分けてご紹介しました。
今回は日本のみならず世界中で高い支持を集めるオリジナルギターとカスタムオーダーギターのメーカー、フリーダムカスタムギターリサーチさんを取材。
一切の妥協を許さない細やかで多彩な工程を全て自社で手がけ、確信を持ったモノづくりで革新的なギターを世に送り出し続ける世界的にも知られるギターメーカーです。荒川区の「町工場」が持つそのモノづくりの多様性をぜひご覧ください。
住宅とお店と工場が雑然と同じエリアに立ち並び、アパートの横から機械の音がする。
荒川区ってどんな街?と問われたとき、そんな光景をイメージされる方も多いかも知れません。
日本人が「下町」と聞いた時にイメージする原風景に近い、そんな雑然とした佇まい。
実はこの景色には理由があります。
荒川区は明治時代以降、隅田川の水を使うために川沿いに多くの工場が建設され、工業化と住宅化が一気に進んだことで発展してきた街です。区内の約75%が「準工業地域」に分類されていて、ざっくりと乱暴に言ってしまえば、家を建ててもお店を建てても工場を建てても良いエリアなのです。
江戸時代から続くような伝統工芸に、工業化の過程で生まれたさまざまな町工場たち。
一言で製造業といっても、荒川区にある町工場の顔ぶれはとても多彩。中には一風変わった製造業も。今回訪れたのは、そんなエッジが立ちまくっている町工場、「Freedom Custom Guitar Research(フリーダムカスタムギターリサーチ)」。
元々中華料理屋さんだった、Freedom Custom Guitar Researchの工場
海外の有名ミュージシャンも愛用するというフリーダムカスタムギターリサーチのオリジナルギター、そして使う人の個性に合わせてひとつひとつオーダーメイドで作られるこだわりのカスタムギター。さらにホームページでも一際目を引く「100年保証」という力強い文字。
今回の荒川探訪では、実際にフリーダムカスタムギターリサーチの工場を訪ね、豊富な写真と代表・深野真さんにもお話しを聞いて、荒川区でモノづくりを続ける理由やそのモノづくりに賭ける思い、フリーダムのギターに込められた技術についても詳しくご紹介していきます。
6,000ブランドの頂点に選ばれた、世界中で支持されるギターメーカー
荒川探訪随一のロック好き、編集部の島と申します。
突然関係無い話で恐縮ですが、先日「トップガン マーヴェリック」を観てきました。
初代「トップガン」の映画公開から30数年、自分はすっかりおじさんになったのにスクリーンに映るトム・クルーズは相変わらずカッコ良くて時代の流れを一切感じさせず…といったおじさんの自分語りはさておき、トム・クルーズ同様に何年も色褪せないのが、この「トップガン」のテーマ曲「Top Gun Anthem」。
グラミー賞を獲ったこの楽曲でギターを弾いているような大物ギタリスト(ちなみに映画「スピード」の主題歌でギターを弾いてるのも同じ人です)も使っている、そんな世界的に支持を集めるギターメーカーがなんと荒川区町屋にあります。
2018年にはアメリカで開催される世界最大規模の楽器ショー “ The 2018 NAMM Show ” で、6,000以上のブランドの頂点 “ Best in Show ” に選ばれたという、文字通り世界トップレベルの工房。
その名も「Freedom Custom Guitar Research(フリーダムカスタムギターリサーチ)」。
サイケデリックでかっこいいロゴマークは手描きで作られたのだとか
「出没!アド街ック天国」などで紹介され、自分自身が楽器を弾くということもあって、以前から存在は知っていました。
荒川探訪編集部からも程近い場所にあるので以前からこのサイケデリックなロゴが刻み込まれた建物の前を通ったことは何度もありましたが、大変失礼ながら、とてもギターを作っているような工場には見えない。何か飲食店のような佇まい。
楽器といえばYAMAHAやKAWAIのように自然豊かな静岡県や長野県など地方の大きな工場で作っているようなイメージでした。
本当にこんな小さな建物でギターをゼロから作っているのか?
そんな失礼な先入観を持って、まずはギターづくりの全行程を見せていただくことに。
ここは元々中華料理屋さんだったんですよ。
ほら、このギターに使う木材を置いてる台、昔はカウンターでここで皆さんラーメンとかを食べていたんですね。
昔はまだこの辺りにも工場が沢山あって、そこで働く人たちを相手にした定食屋さんや居酒屋さんも多く賑わってましたが、今ではすっかり少なくなりましたね。
そう懐かしそうに話してくれたのは、代表の深野さん。
Freedom Custom Guitar Research代表の深野さん
元々板橋区の出身ですが、お祖母さんに連れられて浅草に良く出かけたり、幼少期から東京の下町に親しみを持っていたとか。
楽器づくりの専門学校を卒業後、足立区にある工場で修行を積み、その帰り道にたまたま荒川区で物件の広告を見かけたのがこの地を選んだ理由だと言います。
そう言われてみれば段々と中華料理屋さんの店内に見えてくる工場内に所狭しと並べられた木材の数々。
海外から仕入れた高級楽器用の木材は全て、買ってからすぐには使わず、一年は寝かせるそうです。建築資材より遥かに低い、10%以下の水分含有率が求められる木材で出来た楽器を「東京で資材を保管して作る」ということの難しさがわかります。
中華料理屋さんの名残を感じる工場
楽器づくりに向かない東京に、敢えて工場を構えた理由とは?
エレキギターって部品は色々付いてますけど、結局木で出来てますから。
ほら、こうやって霧吹きを掛けると木目がはっきりと浮かび上がってくるでしょう。塗装した時に木目の美しさがはっきりと見え、ギターになるのがイメージできますね。これはソフトメイプルという種類で、木目としてはキルテッドメイプル。鱗状の模様がはっきりと見える素材です。こちらはハードメイプルという種類で、トラ目がはっきりと見えていますね。育つ地域が違うと、杢目が違うんですよ。
仕入れても木目が不規則な物や、傷があるものは使いません。実際に「これはうちのギターとして使える」と思える木材なんて、半分も無いんじゃないでしょうか。
ほら、これなんかも使えない。これは、ネック材としてではなく、他の活用をしていきます。
明るく話しながら「海外から仕入れた高級資材」と説明されていた木材をさらっと脇によける深野さん。
自分たちの作りたいギター像が明確だからこそ、この厳しい素材選び。楽器用の木目が美しい資材だとしても、自分たちが納得できなければ使わない。そんなモノづくりへのこだわりが感じられるお部屋を最初に見せていただきました。
ソフトメイプルの杢目を見せてくださる深野さん
鱗状の模様が美しいソフトメイプル
「そもそも東京は楽器づくりには向いていない」と深野さんは明言します。
コンクリートが多い東京は雨が降るとすぐに湿度が上がり、寒暖差が激しい。楽器を作ることだけを考えれば東京で作るというのは賢い選択とは言えない。しかし、実際に自分たちの作った楽器を買い求めて使うお客様が多いのは、やはり東京など都市部だろう。
角材から加工してギターを作っていく過程で、最初から都市部の気候に馴染ませておくことで「長持ちする可能性が上がる」。これが東京での楽器づくりにこだわる理由だとか。あくまでも仮説ではありますが、「100年保証」といったフリーダムさんが標榜するモノづくりコンセプトを知っていると、納得できるこだわりです。
最初は「ギターを作っているのになぜリサーチという名前なんだろう」と思っていたのですが、こうしたモノづくりに対する飽くなき探究心が社名の由来なのでしょうか。Freedom Custom Guitar Researchというのは、楽器が使われる場所である大都市でギターを実際に作る、作り続けるという壮大な実験なのではないか。そんな気がしてくる保管庫見学でした。
刃物のジュークBOXから手作業を経て、美しいギターのフォルムが生み出される
次に見学したのが、この大きな機械。
刃物のジュークBOX
量産の為ではなく、精度の高い加工をしていくために導入した日本製のCNCルーター。様々な工程に使えて相当高かったとのこと。木材を置いて操作すると、その指示した用途に合わせて、左側にある円柱状の部分から刃やヤスリの形状をした金属部品が飛び出してきてアタッチメントとなり、その部品が木材を削っていきます。
削られている楽器の形状と合わせて、まるで刃物のジュークBOXを観ているようです。
こんな便利な機械があるなら、ギターなんてあっとう言う間に出来てしまうのでは?
と安易に考えた私たちはすぐ隣の部屋で展開される作業に圧倒されることになりました。
刃物で少し削っては手で触って確認、また少し削る。
ヤスリで少し研磨しては手で触って確認、また少し磨く。
黙々と繰り返されるこの作業、もちろん我々のようにそれを横から見ている人間には何が変わったのかもわからないほど、何分経っても見た目の形状はほぼ変化しません。
クリ小刀を使い、ネックの形を整える作業
塗装され完成品となった時のディティールを想像し、 都度手で触って確認しながら丁寧に研磨されていく。
この作業こそ、大量生産ではない私たちのギターづくりの心臓部です。
大量生産されるものなら、機械で削って多少研磨が粗くても、塗装を厚く塗ってごまかせる。
そうやって低価格で量産されるギターの存在も、ギター業界全体にとっては大切な事なんですが。私達は「100年保証」を謳って楽器の製造販売をしていますが、それは本質的に良い楽器が、何十年にも渡り弾き続けられ、音と音楽を奏でる道具としてちゃんと人と共に育っていく事ができる楽器。
そんなギターをつくる。
息子さん、お孫さんにまで自分の好きな楽器を譲って、受け継いで使っていただけるような、そんなギターであって欲しい。塗装も音響特性も考慮しながら、塗膜厚を調整して限界まで薄く仕上げたり、唯一無二の自然の木材の木目の美しさを感じられる、そんな仕上げにこだわっています。
ごまかしが効かない、繊細な作業。
そういう作業で一番頼りになるのは、やっぱり人間の手なんですよ。ちょっとした0.数mmのズレ、機械で検出できないような違和感も、触ればわかる。人間の手って凄いんです。ネックなんかは機械で一番厚みのある部分の高さは計算されているので、そこはもちろん削ってはいけない。そこ以外の所の整形は、必要な形、必要な精度に仕上げるのは全部実際に触って、人の手で細部まで調整しています。
長く使っていただきたい商品には、木が持つ自然な狂いや変化を認知しながら時間を掛けて作る必要がある。
この工場で一本のギターを作るのに、最低でも4ヶ月は掛かります。100年保証を謳うからには、楽器だけじゃなく会社も100年存続させないといけません。
100年後にも手で触ってわかる社員を残す。
そう思って若いスタッフの育成にも力を入れてますね。
と、フランクに話をしてくれた深野さんの横では、真剣な眼差しで寡黙に作業を続ける若い職人さんの姿が。
深野さんを筆頭にベテランの職人さんから若い職人さんまで、年齢層がバランス良くバラエティに富んでいるのが印象的でした。荒川探訪では下町の町工場を取材訪問させていただく機会が多いのですが、やはり活気がある工場には必ず若い職人さんがいらっしゃいます。
100年使い続けられる、100年良い音を奏でられるギターを目指して
さて、ここまで簡単にギターの形状を作る工程をご覧いただきましたが、ここからは、演奏楽器としての品質にかかわる工程です。
今回なるべく楽器を弾く人にしかわからないような用語を排除して、なんとかフリーダムカスタムギターリサーチさんのギターづくりの凄さを説明していこうと思います。代表の深野さんも、「ギター専門誌などとは対象読者が違う」という点を汲んで丁寧にお話してくださいました。
普段自分で楽器を持っていても私のような素人プレイヤーは大して意識してこなかったポイントですが、「ネックとボディを組み合わせて、その上に弦を張ると、弦の張力は大体エレキギターで40kg、ベースだと60〜70kgのテンションが掛かる」そうです。弦の張力(テンション) というのは、それだけの負荷・重量が掛かるということですね。
注)テンションの直訳では緊張ですが、ギターベースの世界でテンションは、「弦の張力」を表します。
当然、ピンと張った弦に掛かるテンションはギターのネックの反りなどに影響を与えます。
つまり、物として精度高く真直ぐに仕上げても、土台は木ですから、弦のテンションに負けて自然と反りが発生し、楽器としての演奏上の不具合が生じる場合がある。
出来上がったネックを仮のボディーにつけて、完成時と同じ弦のテンションを掛ける事で木を弦のテンションに馴染ませます。
弦のチューニングを、実際に演奏する時と同じ状態に合わせた場合に、 弦の張力でネックが動く誤差をマイクロメーターで測定する特殊工具。
そこで、知り合いの鉄工所の人に「こんな機械を作りたいんだ」と相談して作ってもらった装置がこれです。
ネックの塗装が終わったら、仮のボディと組み合わせて、すぐに弦を張る。
こうやって弦のテンションに木を馴染ませつつ、そのテンションに対してどの程度ネックが反ったのかをマイクロメーターで図り調整してから、弦が当たるフレットのトップを均一の高さに調整するわけです。納得が行く状態にまで調整できたら、また弦を外す。これ仮のボディですからね。
さらに、この部屋にあったもうひとつの機械がこちら。
コイルワイヤー(銅線)を巻き付けるところを実際に見せていただきました。
これはピックアップと呼ばれる部品を作る機械です。
ピックアップというのは、ギターにとってのマイクのような役割を果たしていて、ここで文字通り弦を弾く音を「ピックアップ」する訳ですが、なんとフリーダムカスタムギターリサーチでは、このピックアップも自分たちでオリジナルを製作されています。
ピックアップというのは、髪の毛ぐらいの太さの銅線を磁石に巻き付けた部品です。
大体8,000回ぐらい巻く。90点以上の音が出るまでは、全て手作業で巻きます。
その後、コンピューター制御の巻線機に機械を変えて、100点になるまでプログラミングを変えていきます。手巻きで100点を出す事は可能ですが、その100点の音と同じ音を手作業で作り続ける事は非常に難しい作業です。人の手と機械の良いとこ取りみたいな感じですね。
口調は明るいですが、この部屋にあるのは「一度組んでまたバラす」「細かい部品も自作する」という手間の掛かる工程ばかりです。
写真では省略しましたが、フリーダムカスタムギターリサーチでは、フレットも独自開発のものを使用しています。
「フレット」というのは、ギターのネック部分に一定間隔で打ち込まれている棒状の金属のこと。
これに合わせて指の位置を動かすことで多彩な音程を奏でることができるので、みんな「2弦の4フレットを押さえて」という感じで練習したり演奏したりするわけです。まさに楽器演奏の要になる部分ですが、人の手が当たる分だけ錆びやすい。
そこで、同社では絶対に錆びないステンレス製のフレットを採用しているのだとか。従来のステンレスフレットは非常に硬い物しかなく、音色まで硬くなってしまいますが、このフレットは音にまでこだわった、世界初の「柔らかいステンレスフレット」を開発して、製品に使用しています。
独自開発のフレットが打ち込まれたネック
こうやって工場を見学していると、最初はちょっと大げさなようにも感じていた「100年保証」「100年後も使えるギターを作る」というコンセプトに対して、Freedom Custom Guitar Researchの皆さんが真剣に取り組まれていることが良くわかります。
楽器の音、使い勝手(機能性)、そして塗装やデザインなどの見た目。 これらを高次元で融合させる。
この全てが「本質的に良い物を長く使えるように」「音楽を奏でる道具として100年間人と共に成長できる楽器であるように」という事への具現化に向けて、細かいこだわりが積み重ねられていて、何を質問しても全てがこのコンセプトで統一されている。
だから、そこに対して手間を惜しまない。
次々と新しいアイデアが生まれてきては、それを実際に全部自分たちで作ってしまう。
もちろん今回見学できなかった工程も沢山あると思いますが、どの工程にもこだわりと技術が詰まっていて、その全てが同じ方向を向いている。
まさに理想の町工場だと感じました。
見た目だけではなく音の為に、品種や厚みにまで拘った塗装、バフがけを見せていただいて、ギターづくりの工程見学はひととおり終了です。
塗装されたボディ
塗装後もさらに研磨
長くなり過ぎましたので、前編はここまで。
次回、後編では完成後のギターを実際に演奏しながら最終調整されるところ、そしてフリーダムカスタムギターリサーチのショールームに取材の舞台を移して、特許を取得した“ARIMIZO & One Point Joint”の凄さを実際に演奏しながら深野社長に説明していただく現場などを、動画も交えてたっぷりとご紹介したいと思います。
どうぞお楽しみに!
有限会社フリーダムカスタムギターリサーチ
木材の状態から完成品に至るまでの全工程を荒川区の工房で行っている、オリジナルギターとカスタムオーダーギターのメーカー。
一切の妥協を許さない確信を持ったモノづくりと「100年保証」など独自の楽器に対する考え方を武器に、国内外のプロ・アマ問わず演奏者から支持される世界に一本だけのギターを世に送り出し続ける。
住所:〒116-0001 東京都荒川区町屋6丁目31-14
tel:03-5855-6277
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