毎回荒川区の町工場などモノづくりの現場を訪ねては、そのこだわりや裏側にあるストーリーなどを探ってご紹介していく、荒川探訪の「LOCAL STORY」のコーナー。
今回は、60年以上にわたり照明器具を扱ってきた鈴木照明の別会社として、オリジナル商品の開発・製造を行っている株式会社アプロスを取材。
アプロスは商品開発から販売までを自社で行い、国内生産にこだわる姿勢を持っています。また、MADE IN TOKYOを打ち出し、荒川区だけでなく、東京という立地のメリットを活かしたモノづくりやブランド思想についてお話を伺いました。
前編では、創業の背景や初期の試練に焦点を当て、アプロスが日本製の照明にこだわり続ける姿勢についてご紹介しましたが、今回は、アプロスの工場での一貫生産体制の様子やデザインの舞台裏に迫ります。アプロスの魅力を感じられる根津のショールームを巡り、異素材との見事な調和が成す、照明の新しい世界へと誘います。アプロスが築き上げるブランドの真髄について深掘りしていきましょう。
前編記事はこちらからご覧いただけます。
照明のプロフェッショナル
アプロスの製造工程と品質管理
照明の幅広い制作が行われる現場。
アプロスの母体である鈴木照明の工場では、様々な照明が制作されています。
例えば、既製品や特注照明の請負、書架照明、街路のポール灯、地中埋設照明などがその一例です。さらに、受託*としてパーツの交換なども行われており、これは主に海外商品を日本仕様に適した形態に仕上げるための作業なのだそうです。お客さまの要望に基づいた特注照明の制作も多く、鈴木照明は照明製作の幅広いニーズに応えています。
*受託:企業から依頼された業務を引き受けること。
また、工場1階ではレーザー加工や板金加工、溶接などが行われ、アプロスの特徴である企画から商品出荷まで、全てを自社で行う一貫生産体制の様子を見ることができました。アプロスのホームページでは、この事について明確なポリシーも述べられています。
デザインと製造を分断しないこと。
密接な距離感により、アイデアと技術の狭間の意思疎通が可能となります。
設計・デザインに柔軟性が生まれ、製造技術が刺激されることなど、
相互作用により「モノづくり」のポテンシャルを最大限に引き出せると考え、
実施しています。
ここから、鈴木照明の工場内を階層ごとに見てみましょう。
まずは、1階の作業風景です。機械音に包まれた工場には大型の機械が整然と配置され、技術を駆使した加工作業が行われています。
鉄板を切る、打ち抜く、などの作業は
ファイバーレーザー複合機を使う。
曲げ加工を行うプレスブレーキ。
年季の入った道具からは 鈴木照明の歴史が感じられる。
次に、2階は照明のさまざまなパーツが管理されている部材管理室がありました。広々とした空間はラックで仕切られ、そこに並ぶたくさんのコンテナには識別しやすいよう、ひとつひとつにパーツの名前が書かれたラベルが貼られています。窓際に積まれた大きなダンボールも、天井に届いてしまいそうなほど。工場内を案内していただいた、アプロスマネージャーの細沼さん自身も、全てを把握しきれないほど膨大な数のパーツが保管されているそうです。
部材管理室の様子。
様々な照明のパーツが整頓されています。
照明に使われるパーツの一部。
そして、3階では照明器具の組み立てをする作業場が広がっています。作業台の上には部材管理室で見かけたパーツの他にも、工具などがたくさんあり、皆さん黙々と作業をされています。海外照明器具を日本の規格に合わせるといった、パーツ交換もここで行われるようで、部屋の脇には英字表記の梱包資材なども置かれていました。このような手作業を必要とする仕事にも職人たちの確かな技術が発揮されています。
組み立てにも、様々な工程や作業があるようです。
ボックスに書かれているロゴは 鈴木照明の昔のロゴだろうか?とても可愛い。
さらに、部材管理室や組み立て作業のほかに、照明器具を出荷する際に欠かせない作業があります。それは、照明器具の温度検査です。アプロスの工場では、この温度検査を行うための専用管理室も設けられています。
この温度検査は、製品が正確かつ安全に機能するかを確認するために欠かせないプロセスであり、製品の品質を保つため、鈴木照明では徹底的な検査が行われています。
温度検査室。
検査結果を記した貴重な資料も保管されている。
技術が進化し、便利な道具や機械ができても、感覚や細かな調整は経験を積んだ職人にしかできない培った技術です。筆者自身にとっても、この取材を通して制作の過程を知ることができ、非常に感慨深い経験となりました。
細沼さんは、こうした手仕事の温もりが、アプロスの製品の他には無い付加価値を与えてくれると話してくれました。なぜなら、照明は生活必需品ではあるけれど、アプロスのこだわりである日本製・手仕事・意匠やデザインといったポイントは、本来照明には”必須ではない”からです。
工場内をひとつひとつ 丁寧に紹介してくれる細沼さん。
僕らのつくるものは生活必需品ではないんです。灯りは生活には必要なんですけれど、そこにもともと意匠やデザインは必要ないんです。そうなるとやはり嗜好品になってきますよね。大体のお客様が『気分を変えたい』『イメージを変えたい』という理由で買われています。
私はこれまで、照明器具は生活に欠かせないものだと思っていました。しかし、細沼さんの「嗜好品」という言葉から考えてみると、必ずしもそうではないことに気付かされます。
生活には単に光が必要であり、特にこだわりがなければシンプルな電球や蛍光灯でも事足りるのです。そう考えると、たしかに意匠やデザインはそこまで重要ではないかもしれません。これについて、インテリアデザイナーの友人と話す機会があり、照明器具のデザインについて尋ねてみました。
照明の選択と空間デザインへの影響
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友人によれば、照明器具の選択はその部屋の雰囲気に大きく影響するとのことです。たとえば、玄関や和室、ゲストルームなど来客用の空間ではシーリングスポットライトや間接照明などで演出することで、おしゃれでスタイリッシュな印象を与えますし、食事を楽しむリビングやダイニングでは、お気に入りのペンダントライトを飾って温かみを演出することができます。さらに、電球色の照明は料理を美味しそうに見せてくれるのだとか。
ただし、インテリアデザインに携わる人たちは、お客さまの予算にも配慮する必要があります。予算を抑えたい場合、多くは、照明器具にかける予算を削減することが考えられます。照明器具の選定は空間が完成してから行われることが多いので、予算の確保が難しいことがあります。
この友人の話を聞いて、照明メーカーにとっての重要な課題が浮かび上がったように感じました。
照明メーカーにとって、製品が生活やインテリアにどのような価値を提供するかを理解し、それを具現化することが求められるのかもしれません。アプロスが一貫生産体制やMADE IN TOKYOにこだわる理由も、その価値を追求する姿勢の表れです。
照明器具の制作は決して単なる製造業ではなく、私たちの生活に最も身近なアートの一環に似た部分も感じられます。お客さまの価値観やメリットを理解し、それを製品に反映することで、アプロスは照明メーカーとしての独自性を打ち出し、適切な商品の魅せ方を模索しているのでしょう。
工場内を細沼さんに案内してもらった後、ショールームに移動し、実際の商品を見ることができました。
アプロスのショールーム
木と照明の調和が生み出すデザイン
株式会社アプロスの根津ショールーム。
根津にあるショールームは、アプロスの特徴とも言える、木と異素材のコンビネーションを活かした美しい照明器具を楽しむことができる場所です。その空間に足を踏み入れると、自然の温もりを感じる灯りが心地よく迎えてくれます。
ここでも、引き続き細沼さんから照明デザインについての貴重なお話をたくさん聞くことができました。
洗練された様々な照明たち。 その灯りにも、それぞれの個性が感じられる。
アプロスの製品制作に携わる全てのことを担っている細沼さん。
もちろん、製品のデザインも彼が大部分を手掛けています。しかし、彼の名刺には「デザイナー」という肩書きはありません。このことについて尋ねてみたところ、「デザイナー」という呼称について、彼独自の意図や見解があるようでした。
僕自身、デザイナーという呼称がしっくりこないんです。他の何かを見て影響を受けていることが多いので、ゼロから何かを生み出すという感覚があまりないんです。強いていうなら、アレンジャーという言葉の方がしっくりくる感じがしますね。
細沼さんのデザインのインスピレーションは、突然湧いてくることもあれば、意図的に考えようとしてから生まれることもあるそうです。日常の中で何かをしている最中にアイデアが湧く瞬間もあり、外出時やお子さんの発言から新しいアイデアに繋がることもあるのだとか。日常からのインスピレーションの他に、自らデザインの視野を広げようとする機会があるのでしょうか? という問いには、意外な答えが返ってきました。
僕もこの歳になるとある程度方向性が決まってくるので。守備範囲を広げるよりも、あえて視野を狭めているところもあります。あまりいろんなことをやってもなかなか難しいと思ってまして、ピンポイントで攻める方が僕はいいのかなと。広すぎると迷うし、ブレるし、自分の中でできるやり方を考えているのかなと思います。
この言葉の意味に、なるほど、と思わされました。
個人的な感想ですが、デザインや製品開発に関わる人々の中で、細沼さんのように視野を広げすぎない姿勢を持つ方は珍しいと感じます。多くの人は新しいアイデアを見つけるために視野を広げようとしますが、そのバランスを保つのは意外と難しいのです。視野を広げすぎると、本来の目的から逸れる可能性もあります。筆者自身もこのバランスの保ち方について、日々重要性を感じることがあります。
アプロスは独自のテイストとイメージを守りながら、新たなデザインを追求しています。これはマネージャーの細沼さんあってこそのブランドのあり方。広げすぎない視野で統一感を保ちつつ、自社のスタイルで商品を生み出すことが、「自社ブランド」の本質かもしれないと深く考えさせられます。
アプロスの照明デザインの未来
これまで、細沼さんにアプロスの立ち上げについてや自社商品のモノづくりについていろいろなお話を伺いました。異素材を組み合わせた照明器具も、アプロスのスタイルを追求し、他との差別化を図り、一貫したイメージ作りに注力する事で、独自性を見出した結果と言えます。
また、ショールームを根津に作ったのも、アプロスの照明を求めるユーザーに沿った土地選びなのかもしれません。
荒川区には数多くの製造工場が存在します。その中で細沼さんが荒川区で照明を作って良かった、と思うような機会はあったのでしょうか?
客観的に、ブランドイメージとして作りやすかったなと感じています。MADE IN JAPANという表現は以前からたくさん存在していましたが、MADE IN TOKYOという言い回しは、多分、僕らが初めて使ったのかもしれません。
実は、細沼さんの中で荒川区が東京という感覚はあまりないとのことですが、MADE IN TOKYOを打ち出すアプロスのグラウンドとして見せる際に、とてもやりやすかった、との声がありました。
アプロスの商品は照明器具の中でもやや高価ですが、日本製ということに価値を見出し、評価してくださるお客さまも多いようです。灯りを消した時にも表情が現れるアプロスの照明器具の存在感が、同業他社との差別化にも繋がっています。
細沼さん自身も照明制作にかかわるたくさんの職人への敬意や感謝の気持ちを汲んだ照明の在り方を日々模索しているように感じました。
木の温もりを感じられるアプロスの代表的な照明。
アプロスの商品らしさと言えば、そうですね。ああいう木の照明は、僕のものって感じがします。木のぬくもりみたいなものがあるんです。木は加工自体が大変で、作れる人もそんなにいないんですよ。木の照明は、20年以上付き合ってる職人とはもうずっと繋がりが深いので、やっぱり残したいというのもありますし、売れなくても継続はしたいというか、職人の想いももちろん、僕らの想いもあります。
高価なシャンデリアや街路灯など、照明と言っても、私たちの周りには多種多様な照明が存在します。照明を制作する会社はたくさんありますが、これほど柔軟に対応できる会社は意外にも少ないそうです。アプロスという会社が、照明の世界において特別な存在であることが、これまでのお話の中でとても感じられました。そんな素敵な会社が、私たちの住む荒川区に存在することを、とても嬉しく思います。
取材を終え、最後に細沼さんからアプロスのカタログをいただきました。カタログのページをめくると、「アプロス」の名前の由来が書かれています。
APROZ. INTERIOR LIGHTING CATALOGUE vol.14
APROZ.の名前の由来:最初(A)から最後(Z)まで(PRO)として実直に。
照明のプロとして、今後も、アプロスはデザインと製造を一体化させた独自のスタイルを維持しながら、たくさんのお客さまに価値ある照明を提供していくことでしょう。
株式会社アプロス
昔ながらの小さな工場が残る職人の街、東京都荒川区。
わたしたちは、のんびり走る都電を見下ろす自社工場で照明をつくっています。
高度成長期以降モノづくりの主流が海外に移行していく中、わたしたちは昭和初期よりこれまで変わらずモノづくりを継続してきました。特注照明器具の世界で長年培った技術とノウハウを活かしてオリジナル商品を作りたいと立ち上げたアプロス。
『オリジナルデザイン』『精緻な加工・確かな安全性』日本製に誇りをもって、コスト重視の既製品・海外製品が主流になった業界に、これからも変わらず挑戦し続けます。
住所:〒116-0011 東京都荒川区西尾久7-59-1
MAIL. sales@aproz.co.jp
ホームページ: https://aproz.co.jp/
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