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町工場

【デザイナーとのコラボレーション企画】日興エボナイト製造所 × 藤原敬介 ~後編~

日興エボナイト製造所 遠藤智久さん ロングインタビュー後編です。「前編はこちらから」
(インタビュー・文 山口ミルコ)

そして先ほどの、2009年3月を迎える― と。

遠藤: 6万円の万年筆が5本売れたその夏、の写真がそれ(事務所の壁にかかっている、額入りの集合写真を指差す社長)です。誇らしげに万年筆を持って写ってる・・・。

いい写真ですねぇ、みんなステキな笑顔。これで勢ぞろい?

遠藤:これ、そのときの全員です。父、母、そして私の妻と子ども。右端が工場長で、そのとなりの社員さんはこの写真を撮ったすぐあと亡くなってしまったんです。ですからこの写真を撮った年はいろんな商品づくりをやりはじめた年でしたが、実質、工場長ひとり、でのスタートでした。講座での勉強をふまえて、万年筆づくりの試行錯誤がつづきました。講座の先生のひとりに顧問で入ってもらってチームをつくり、展示会を独自でやると ころまでもっていき、ウェブ・ショップを開設し、 ようやく販売開始・・・なんとか 10 年続けていこ うねと。やがてうちだけじゃなくて、ほかの万年筆 屋さんとも合同でやりはじめて二社展・三社展でやるうち、三越・伊勢丹のバイヤーさんの目にとまり・・・「書き味はいいし手触りもいい、笑暮屋さんがつくる万年筆は面白いね」って、言っていただ けるようになっていきました。そして2011年春、「三越 世界の万年筆祭」に初出店します。震災直後でたいへんでしたが、それでさらに認知度が上がっていき、その後はアメリカのペン・ショーにも出るようになりました。現在はコロナ禍で渡航できないですが、現地の消費者さんやペンのマニア、バイヤーさんとの交流は続いています・・・というのがざっと、わが笑暮屋の歴史―ですかね。

激変でしたね。日本の経済的にも大きな転換点だったリーマンショックの前とあとでは、大違いの日興エボナイト製造所。

遠藤:リーマンの前はまだ、会社としてものごころついてない感じだったんですね、いまにして思えば。大きく変わりました。

社長に就任されて10年。
この10年を振り返ってみて・・・いかがですか?
これだけ会社も変えて。

遠藤:そうですね。そういえば三越さんのあと、中国のアリババ.com(企業間電子商取引をサポートするマッチングサイト)をはじめているんですよね。 海外販路の開拓は、いまもつづけています。

果敢に攻めておられますね。こうした遠藤社長の、どんどん前へ進んでいる攻めの感じって、最初に入った会社でのご経験が効いてるんですかね?
段ボール屋さんの・・・

遠藤: あ、それあるかもしれないです。営業の部分でも勉強させてもらいましたし、いちばん大きかったのが、段ボール屋だったのでお客さんに「ものづくり系」が多いってこと。そういう会社の窓口ってだ いたい社長さん直、なんですよ。「社長さん」という人に何人も会った。商売が厳しいといわれる名古屋の地の、社長たちです。その一方で、バックヤードでおばちゃんが物を詰めていたり・・・といった現場もそこそこ見ていたので、品質管理の部分とかも。

会社のトップから、企業で働く人びとの仕事隅々までをウォッチして、大事な修行時代でしたね、 会社員時代の4年半は。

遠藤: つぶれた会社の取り立てにも行ったことがあります。上司に言われて。いい経験だからってことだったんでしょう、「金庫の有り金、ぜんぶください」って、言いに行った。相手にしてみれば 22、 3歳の兄ちゃんがいきなりやってきて「お金ください」って言うんだから、どんな気持ちだったかと・。 そのとき手にしたのが、現金で2、3万だった。「会社って、つぶれるときはつぶれるんだな・・・」っ て思いましたよ。あれは商売の原体験として大きかった。

これまでで、いちばんつらかったのはいつですか?
今思い出してもあのときはほんとにたいへんだったな・・・っていう日々というのは。

遠藤:やっぱりいちばんはリーマンですかね、数字的には。でも・・・いがいと社会人一年目だったかも。

あ、それ私もおんなじです。
つらかったですよね、社会人一年生のころって。

遠藤:まず、言葉わかんない。何していいかわかんない。それに加えて、入社した業界でその年に価格改定があったために、仕事がすぐに始まらなかったんです。担当を持つようになるのは実質2年目から で、その間、先輩について小間使いをやってたんですけど。先が見えないっていうのが、いちばんつらいですね。



サンドペーパーでキズ取り。

研磨工程(万年筆の表面艶出し、バフィング)

そうそう、なにか始まれば、ね。
わからないって、つらい。

遠藤:わかれば補助線が引けるんですよね。当時は必死でした。バブルがはじけて、超円高になって空洞化とかいわれるようになり・・・ぼくはバブルのいいときって知らないんですよ。

社長がお仕事に入られた頃はバブル絶頂期から 7、8年経っていますものね。私は平成元年が社会人デビューですから、真っ最中でした。

遠藤:じゃあ、新卒の頃なんかすごかったでしょ? 景気よくて。お立ち台?

私はやってないですよ。
『バブル』という本は書きましたが。

遠藤:国としての成長期だった高度成長期を過ぎて生まれた日本のバブルは、2、30 代のイケイケの頃のようでしたよね。そんな時代のあと・・・日本はいま 5、60 代、くらいなのでしょうか?

そうですね、すでにものごころはついているはずですが。
迷走中です。そこへきて日興エボナイト製造所さんは、停滞の時期に、最大の努力をした。

遠藤:ぜんぜん先が見えませんでしたが、その先が見えない時代があったがゆえに、いまがある。

その時期、ほんとうに頑張ったってことですね。

遠藤:あの時期、ほんと会社の中では仕事してないです。仕事もないし。とにかく豊泉さんの言う通りにどんどんやって。大学院まで行ってますからね、産業技術大学院大学のMOT。豊泉さんが言うんです、「工場のなかにお金落ちてないですよ」って。

豊泉さん、すばらしいですね。

遠藤:恩人です。

さて。そしていよいよその先、ですが。

遠藤:そうですね、いまとりあえず取り組むのは銀座松屋での展示会じゃないですか。その先のステップとしてはブランド認定をどうするかとかいろいろ課題もありますが、やっぱり参加する人の情熱、やる気、それをそそのかすスキーム、が大事で。やる気の火種がポッポッと点いていくような、やる気の火種が次々生まれて、情熱の固まりになるような ― このブランディングをきっかけに、そうしたい い流れを、荒川区という地域をひっくるめて、つくれるようにしていきたいですね。

(インタビュー終わり)

※ 参考資料:「ARGUS」2017年10月号(発行・公益財団法人 東京都中小企業振興公社)
※ MACC(Monozukuri Arakawa City Cluster)とは、
区内モノ づくり中小企業の新製品開発・新分野進出支援のため、
「顔の見えるネットワーク」をモットーに、地域金融機関や大学等と連携しながら、
専従のコーディネータがハンズオン支援を行うプロジェクトです。

株式会社日興エボナイト製造所

日興エボナイト製造所は、国内唯一のエボナイト製造工場を持つ会社。 エボナイトは、天然ゴム原料の硬質 ゴムとして、万年筆や木管楽器、パイプの素材として使用されてきた。戦後、石油系プラスチックの普及により需要が激減したが、日興エボナイトは、オリジナル・ブランドづくりに取り組み、カラーマーブルエボナイトを使用した万年筆・ボールペンの製造・販売を開始した。その不思議な美しさが注目を集め、世界中のペン愛好家から賞賛、愛用されている。

住所:〒116-0002 東京都荒川区荒川1-38-6
tel:03-3891-5258 fax:03-3891-5259
企業ホームページ: https://www.nikkoebonite.com/index.html
笑暮屋ホームページ: https://eboya.net/


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