「エボナイト」という素材をご存知でしょうか?
サックスやクラリネットを演奏する方はもしかしたらご存知かもしれませんね。エボナイトとは、プラスチックが主流になる前からボーリングの球、万年筆や木管楽器、パイプの素材として使用されていた硬いゴム素材です。戦後、石油系プラスチックの普及により需要が激減し、エボナイトを製造する企業は徐々に衰退してゆきました。しかし独特の漆のような光沢、しなやかさ、耐久性を併せ持つエボナイトにはプラスチックとは一味違う魅力と面白さが秘められています。荒川区には国内で唯一、エボナイトを作る会社が残っています。古き良き素材を使い、試行錯誤から生まれたエボナイト製オリジナル万年筆の製作について、全2回にわたってレポートしていきます。
桜並木に囲まれた都電荒川線(東京さくらトラム)「荒川一中前駅」。
都電荒川線(東京さくらトラム)荒川一中前駅から歩いて2分ほどの場所に、日興エボナイト製造所があります。 入口すぐの階段を上がり、迎えてくれたのは、代表の遠藤さん。日興エボナイト製造所のはじまりは昭和27年、遠藤さんは3代目になります。
日興エボナイト製造所 代表の遠藤智久さん。
国内唯一とされるエボナイト製造の所以とは?
昔は国内にも数多く存在したエボナイト市場、しかし戦後の日本では石油系プラスチックが急激に普及し、大量生産に向かないエボナイトは「効率が悪い」とされ、徐々に衰退していきました。
ぼくが生まれた頃(昭和47年)にはすでに収縮していた市場が、自分の成長と並行してどんどんジリ貧になっていきました。そんなものだから、はじめは父も「あとを継がなくていい」と言っていましたね。
エボナイトは一見硬いプラスチックのような素材ですが、実はゴム素材の一形態。その原料は天然ゴムと硫黄です。ゴムと硫黄を混ぜ合わせ、加熱をすることでエボナイトにしっかりとした硬度が生まれるのです。しかし、それだけではいいエボナイトにならない。 いったん硬化させたエボナイトを粉砕し、混ぜ込むことでより質の高いエボナイトとなるのです。
つまりエボナイトを製造するには「エボナイトの粉末を作る」という工程が必要で、とても手間がかかります。現在は日興エボナイト製造所を含めても世界でも 2、3社しか存在せず、特殊な用途のみで生き残っている大変珍しい素材なのです。
1952年に日興エボナイト製造所を創設した、 遠藤勝造さんの肖像。
それでもエボナイトの製造を続けるために、下請けからの脱却。
日興エボナイト製造所の運営する「笑暮屋(えぼや)」は、自社製造の万年筆ブランドです。下請けを主としていた今までの事業からBtoCの商品を生み出そう。そこに辿り着くまでたくさんの苦労や思いがあったそうです。
会社を支えていたゴム製品の下請け製造も需要が年々減少。お得意先が1つ減り、2つ減り…下請けだけをやっていたらつぶれてしまう、なんとかして「下請けからの脱却」をしなければ。
遠藤さんが家業を継いでから、いろいろな商品づくりを試みたそうです。
ステッキやはんこ、 遠藤さんの趣味の延長でギターのピックを作ってみたり。
酸とアルカリに強く、環境に優しい天然由来であり、軽くて丈夫。ゴム素材でありながら削って磨くと艶が出る…というエボナイトの特徴を生かし、たくさんの商品開発にチャレンジするなかで生まれたのが、現在の主力商品である万年筆です。
独特のマーブル模様が美しい、 笑暮屋のオリジナル万年筆。
手間を惜しまないエボナイトの加工、第1工程「混練り」。
笑暮屋の万年筆を作るには時間と手間がかかります。素材作りから仕上げまで、すべてを自社で行う…考えてみればとんでもない労力です。実際に工場を訪れた私たちに、遠藤さんをはじめ社員の方たちはとても丁寧にお話してくださいました。
「これがエボナイトの原料です」
年季の入った倉庫から取り出されたのは大きな塊。インドネシアから輸入された最高級の天然ゴムです。
エボナイトの原料となる最高級天然ゴム(インドネシア輸入)。この状態で工場に入ってくる。
エボナイトを作るには「天然ゴム」「硫黄」そして”つなぎ”となる「エボナイトの粉末(エボ粉)」。この3つを混ぜ合わせるところから始まります。とはいえこの工程で必要な「エボ粉」も、実は日興エボナイト製造所で製造しているので…工程としてはこれからご紹介する作業を一巡してから、ということになるので驚きです。
工場内のカーテンで仕切られた敷地に入ると大きなミキシングロールがありました。ここで3つの素材を混ぜ合わせる「混練り」という作業が行われます。
「混練り」作業を行うための大きなミキシングロール。
ゴムが柔らかくなるまでつきっきりで作業を行う。
黒い粉末が「エボ粉」。3つの素材を配合し、 柔らかくなるまでミキシングロールで練ります。
作業の様子を見学していると、「パチンッ」と何かが爆ぜる音が聞こえてきます。これはおそらく、練っていくうちに柔らかくなった生ゴムに空気が入り、ロールに押しつぶされて鳴る音でしょう。パチン、パチンと音が鳴るときにまだ混ざりきっていない硫黄とエボ粉が舞います。
「そっち粉が飛ぶんで気をつけてくださいね」
作業者の方がカメラマンに声をかけてくれました。入り口に張られたカーテンと作業者の方がゴーグルとマスク(今はご時世もありますが)を付けているのはこのためか。と、作業を眺めながら思いました。よく見ると工場の至る所に手作り?と思われる道具もたくさん。実際に工場を訪れると説明を受けなくても気がつく部分があります。それは長い歴史の中で培われた職人の知恵であったり工夫であったり…
日興エボナイト製造所は創業70年の老舗。作業をしている方の中には若い方もいらっしゃいます。今では珍しいとされる「エボナイト」を扱う会社のなかでこうした風景を見ると、下町工場の良さを改めて感じることができました。
パチン、と音を立ててエボ粉が舞う。
次第にゴムが柔らかくなり、 生地にまとまりが出てきました。
見た目はまるでレザーのよう。 適度な大きさにカットされてから次の工程に運ばれる。
基本的にエボナイトは黒色のものが主流とされていました。
この見た目が木材の黒檀(エボニー)に似ていることからエボナイトと呼ばれるようになったそうです。
ですが笑暮屋の万年筆は黒に限らず、美しいマーブル模様やクレヨンのようにカラフルな万年筆が並びます。これらは「色エボナイト」と呼ばれ、混練りの段階で顔料を混ぜ合わせることで色鮮やかなエボナイトを作っているのだそう。色エボナイトの混練り作業は先ほどの大きなミキシングロールより小さめの機械で行われます。
手前が赤の顔料の塊。 奥がざっくりと色を混ぜられたエボナイト生地。
先ほどよりも小さめのミキシングロールで 混ぜ合わせていきます。
写真は単色ですが、更に別の色エボナイトや素材を 混ぜ合わせることでマーブル模様や「チラシ細工」と 呼ばれる加工もできるそうです。
顔料を混ぜ合わせたエボナイト生地は驚くほど鮮やか! これも適度にカットされ次の加工に運ばれます。
温度調節が要、第2行程「押し出し」。
「混練り」の作業が終わるとエボナイトは2階の作業場に運ばれます。
棚にはズラリと並んだ板状のエボナイト。この段階ではまだパンのように柔らかい。製品として加工するにはもっと硬さが必要なため、エボナイトに圧力と熱を加えなければなりません。その前にまずは板状のエボナイトを「押し出し機」に入れ、棒状に形を整えます。
エボナイトを棒状に加工する「押し出し機」。
混練り後の板状になったエボナイトが棚に積まれている。
まだ柔らかく弾力のあるエボナイト生地。
押し出し機の口には火が点火されます。この熱を利用して滑らかな丸棒が押し出されるのです。押し出された丸棒はそれぞれがくっつかないよう「打ち粉」が敷かれた作業台の上で一定の長さに切り揃えられます。
押し出し作業中。
均等な長さに切り揃えられていく。
作業台に並ぶ棒状のエボナイト。色エボナイトもある。
硬そうにみえても持つとまだこんなに柔らかい。
温度管理は熟練の技。第3工程「加硫」。
棒状に切り揃えられたエボナイトは釜に入れられ、数日間蒸す工程に入ります。
蒸気熱と圧力をかけることでゴムの分子と硫黄の分子が結合し、エボナイトに硬度が出てくるのです。このことを「加硫」と呼びます。工場の奥の窓際に、加硫をするための大きな筒状の蒸窯がありました。
加硫のための蒸窯。大人が3人ほど入れそうです。
蒸釜に入れる前にもまだ一仕事あります。
先ほどの押し出し機にかけられ、切り揃えたエボナイトをアルミの四角い箱に綺麗に並べてゆきます。並べる際は棒状のエボナイトが転がったりして動かないよう「糠」が敷き詰められています。エボナイトと一緒に釜に入れられ、繰り返して使っていくと糠はここまで真っ黒になるんですね。
一本一本、重ならないように。繊細な作業風景です。
とても丁寧に並べていきます。
上からも糠をかけ、フタをして箱詰め完了です。
エボナイトを押し出し、切り揃え、丁寧に箱に並べ…
黙々と作業をなさっていますが周りに積まれた箱の数をみて気が遠くなります…
一定量の箱の準備ができたらいよいよ蒸釜へ投入。加熱時は途中で釜を開けたり外から覗くことも出来ないので、蒸気の圧力や排気の間隔を見て加熱温度を調節するのだそう。まさに熟練の職人技です。
エボナイトが入った箱を蒸釜の中へ。 数日間かけて蒸しあげる。
以上の工程を経て、やっと硬質のエボナイトが出来上がります。しかしこれだけでは日興エボナイト「笑暮屋」の万年筆は素材の段階。
次回のレポートでは万年筆の製作風景と、笑暮屋の生み出す美しい万年筆について、レポートしていきたいと思います。あらかわモノづくりブランド「ara!kawa」認定商品に選ばれた「tan-pen」のご紹介も。
後編記事はこちらから。
株式会社日興エボナイト製造所
日興エボナイト製造所は、国内唯一のエボナイト製造工場を持つ会社。 エボナイトは、天然ゴム原料の硬質 ゴムとして、万年筆や木管楽器、パイプの素材として使用されてきた。戦後、石油系プラスチックの普及により需要が激減したが、日興エボナイトは、オリジナル・ブランドづくりに取り組み、カラーマーブルエボナイトを使用した万年筆・ボールペンの製造・販売を開始した。その不思議な美しさが注目を集め、世界中のペン愛好家から賞賛、愛用されている。
住所:〒116-0002 東京都荒川区荒川1-38-6
tel:03-3891-5258 fax:03-3891-5259
企業ホームページ: https://www.nikkoebonite.com/index.html
笑暮屋ホームページ: https://eboya.net/
株式会社日興エボナイト製造所が企画・製品化した商品「tan-pen」が2021年度の「ara!kawa」商品に認定されました。荒川探訪商店でもお買い求めいただけるのでぜひご覧ください!
【荒川探訪商店】
https://arakawa.news/shop/
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桜並木に囲まれた
日興エボナイト製造所 代表の遠藤智久さん。
1952年に日興エボナイト製造所を創設した、
遠藤勝造さんの肖像。
独特のマーブル模様が美しい、
笑暮屋のオリジナル万年筆。
エボナイトの原料となる最高級天然ゴム(インドネシア輸入)。この状態で工場に入ってくる。


パチン、と音を立ててエボ粉が舞う。
次第にゴムが柔らかくなり、
生地にまとまりが出てきました。
見た目はまるでレザーのよう。
適度な大きさにカットされてから次の工程に運ばれる。
手前が赤の顔料の塊。
奥がざっくりと色を混ぜられたエボナイト生地。
先ほどよりも小さめのミキシングロールで
混ぜ合わせていきます。
写真は単色ですが、更に別の色エボナイトや素材を
混ぜ合わせることでマーブル模様や「チラシ細工」と
呼ばれる加工もできるそうです。
顔料を混ぜ合わせたエボナイト生地は驚くほど鮮やか!
これも適度にカットされ次の加工に運ばれます。
エボナイトを棒状に加工する「押し出し機」。
混練り後の板状になったエボナイトが棚に積まれている。
まだ柔らかく弾力のあるエボナイト生地。
押し出し作業中。
均等な長さに切り揃えられていく。
作業台に並ぶ棒状のエボナイト。色エボナイトもある。
硬そうにみえても持つとまだこんなに柔らかい。
加硫のための蒸窯。大人が
一本一本、重ならないように。繊細な作業風景です。
とても丁寧に並べていきます。
上からも糠をかけ、フタをして箱詰め完了です。
エボナイトが入った箱を蒸釜の中へ。
数日間かけて蒸しあげる。