

はじまりは「銭湯」と「空き家」
まどゐ荘の原点は、荒川区が実施している「銭湯での高齢者入浴見守り支援」事業にあります。この制度は単なる入浴のサポートにとどまらず、地域コミュニティとのつながりを深め、心身の健康維持にも大きく寄与する取り組みとして行われていますが、銭湯は一般のお客様も利用するため、高齢者がより安心して集える場所が別に必要ではないか——そんな思いから、「銭湯の近くに気軽に立ち寄れる“サロン”のような拠点を」と考えたのが三ツ木さんでした。

この着想をもとに、三ツ木さんは2021年、「まどゐ荘」の企画を荒川区のビジネスプランコンテストに応募し、見事奨励賞を受賞。さらに、区が抱える空き家問題の解決を目指す「空き家利活用プロジェクト」を通じて、現在の物件と出会います。もともとコンピューターエンジニアとして働いていた三ツ木さんは、南千住のサードプレイス「なにかし堂」にいた、三ツ木さんからエンジニアリングを学んでいた学生たちに声をかけ、連携するかたちで改修プロジェクトをスタート。
改修の様子
設計から施工まで、学生主体で進められ、1階はカフェ、2階はシェアオフィス、3階は学生向けのシェアハウスとして、今の「まどゐ荘」が誕生しました。
カフェも主に学生さんが運営しています
ただの格安ランチではなかった
まどゐ荘の核となる目的は、地域社会における人々の信頼関係やネットワーク、共通のルールや価値観といった、社会を円滑に機能させるための資源である「地域の社会関係資本」を根付かせるためのきっかけ作り。食材にこだわった、高齢者にちょうどいい量で提供されるワンコインランチは、そのために提供しているのだとか。

おいしい食事はもちろん、何よりも高齢者が「外に出る」動機をつくり、学生たちとの交流や、地域イベントへの参加を通して地域とつながるきっかけを生み出しています。配食サービスは便利ですが、自宅ですべてが完結してしまうため、歩かなくなることで、心身の衰えも進みやすいという側面も。ここに来れば、ごはんも、人との会話もあります。単なる“安くておいしいランチ”を提供しているのではなく、“歩いてきたくなる場所”を作っているのだそうです。
世代も立場もこえて、ともに生きる場へ
まどゐ荘の根底にあるのは「多世代共生」。
「地域には世代を超えた共生が欠かせません。これは [あると良い] ではなく [必要なこと] だと考えています。」と三ツ木さんは話します。
実際、行政の支援制度は、子育て、高齢者福祉、現役世代の就労支援など、それぞれ個別に設計されており、支援策も分かれています。もちろん意図したことではありませんが、本来つながるべき地域の人々がかえって分断されてしまうおそれがあります。
そんな中、荒川区には今も「街の普通のかたち」、つまり自然に世代が交わる風景が残されています。まどゐ荘ではその空気を取り入れ、多世代が関わり合える場を地域に根づかせていきたいと考えているそうです。

取材日の少し前には、アメリカ・ワシントン D.C.近郊の大学から17人の学生が、まどゐ荘の取り組みを見学に訪れたそうです。その時「こんな共生は自国では考えられない」と驚きの声が上がったといいます。
「ヨーロッパなど他の地域でも、世代間の分断だけでなく、社会階層の分断もあり、そこで交流することがもはや不可能というような論調が非常に多くなっている中、荒川区では当たり前に見える光景が、実はとても珍しい価値を持っているのかもしれません」と三ツ木さんはいいます。
「成長を支える場」でありたい
三ツ木さんは現在、通常の仕事に加え、東京都立大学で非常勤講師を務める一方、AIを活用した介護支援を研究する大学院生としての顔も持っています。まどゐ荘を通じて社会に問いかけているのは、「人はどうすれば主体的に動けるのか?」ということ。

「どのようにすれば、人が自分の意思で主体的に動けるようになり、全体がより良くなるように考えられるようになるのか。その研究が、まどゐ荘と重なる部分があると思っています。地域全体が多世代共生や交流のある場所として最適化されるために、それぞれの人がどう動き、何をすべきか、といったことをここを通して考えられると良いのかなと思います。」
まどゐ荘では、そんな“主体的に動く力”を育む場として、学生たちが自由に運営に関わり、イベントの企画や改善も彼らの手に委ねられています。
さまざまなイベントが開催されています
なるほど、初めてまどゐ荘を訪れた時、他の飲食店のように、座っていれば水が運ばれ、注文を取りに来てくれるという“受け身”の雰囲気ではないことに少し戸惑ったのを覚えています。「もしかして、来る人の“主体性”も試されているのでは?」と聞いてみると、「水が出ないのはわざとじゃないです(笑)」と三ツ木さん。
それでも、そういうことを運営会社が指示するのではなく、自分たちで気づいて自分たちで改善していってほしいと思っているそうです。
「社会構造として、一見若い人を支援しているようで、実は“年上の人間のほうが偉い”という雰囲気の中で、年下や若い人を搾取してしまうことがあります。まどゐ荘は、そういった社会構造に対する小さな抵抗でもある。“搾取”ではなく“成長を支える場”でありたい——そんな思いがあります。」
「このままでいい」まちの姿を未来へ
最後に、三ツ木さんに今後の荒川区について尋ねると、少し笑いながらこう語ってくれました。
「このままでいいんじゃないかなと思っています。荒川のこの状態、中にいると当たり前すぎて気づかないですけど、みんながフラットで、世代も立場も分け隔てなく過ごせる感じは、実はとても貴重なまちの財産だと思うんです。」
まどゐ荘は、誰でもふらりと訪れていい場所。子ども連れでも、高齢者でも、学生でも。たとえば今日のランチの目的だけでも構わない。けれど、そこでの出会いや会話が、思いがけない「まちとのつながり」になるかもしれません。
まどゐ荘の情報は、店頭やInstagram、地域の包括支援センターなどで発信中。イベント情報や開館状況など、気になる方は気軽にスタッフへ声をかけてみてください!

改修の様子
カフェも主に学生さんが運営しています
さまざまなイベントが開催されています